私は迷いの中にいる

JSTQB(ALTM)やJSTQB(ALTA)の学習記録をつけていましたが、現在は彷徨える青い中年の迷いを書く謎のブログ

何しに来たのかもはっきりせずにぼくはPythonをやってきて

Python

やったーNumpyおわた!

ドット積とビット演算のやっつけ感は否めないが

とりあえず次に進もう!

 

■2月〜6月をメモしておく

書いておかないと何を考えていたか忘れるので

2月頃からどうしていたかを(一回書いたけど)今一度書いておこうかな。。と思います。

かなり雑然とした内容になる+コロナ関係なので苦手な方は読み飛ばしてください。

(記憶に頼ってかいているため、情報の正確性は全くありません)

目的:未来からあのときどうしていたっけ(気持ち的に)を振り返るため

 

・1月頃:

-世の中の状況(うろ覚え)

 普通に外出していた(季節柄マスクはしていたけど)

 武漢が封鎖され、初めて日本でコロナ感染者が確認された頃。バスとか屋形船とか・・

-自分の状況 

 普通に生活していた。普通に生活しておいて良かったと思う。いい思い出です???

 

・2月頃:

-世の中の状況(うろ覚え)

  初旬頃からマスク品薄になり始める。

 ダイヤモンドプリンセス号が停泊していた頃。だと思う。

 北海道の雪祭りで感染者が沢山出ていて、初めて国内で外出自粛が呼びかけられていた。

 月末からトイレットペーパー類が品薄になる。

 人が多いイベント(ライブ)などへの風当たりが強くなる

(政府的には発表がなかったかな?失念・・)

 テーマパークが休止になる。技術書典やJasstの中止が発表される。

-自分の状況 

 ちょっと外出が怖くなる(資格試験もぎりぎり)最後に人混みへ普通に外出していた時期。

 月末頃から、多分これはそう遠くないうちに自由に外出できなくなるなあ、と考え始める。

 反面、5月頃には収まっているかなあ、と淡い期待も抱く。

 

・3月頃:

-世の中の状況(うろ覚え)

 学校が休校になる。

 欧州での感染爆発が起こっていた頃。オリンピックどうするのか揺れていた時期。

 だんだん芸能人なども感染する人が増えてくる

 3蜜避けてが始まる。オリンピックが延期になる。

 入国制限が始まる。

-自分の状況 

 仕事は平常運転が続く一方、いつ在宅になってもいいように水面下で動きが始まる。

 4月5月はきっと平常に戻れないな、と思い始める。

 この頃の平常は、まだ普通に出かけられるように戻る、という認識だった。

 

・4月頃:

-世の中の状況(うろ覚え)

 技書博が中止になる

 緊急事態宣言。(発令までも結構長かったような・・・)

 日本の感染者が1日100人を超える。海外はアメリカが大変なことになってくる。

 学校は休校が延期になる。

-自分の状況 

 在宅勤務になり、使ってない部屋を片付けて在宅用にした。

 最初は在宅はそれほど続かないかなと思い、必要最低限で頑張ろうとしたが

 辛くなってきたので椅子やモニタなんかを買ってみた。 

 在宅勤務に使いそうなグッズが通販で品薄になっているのに気づく(ウェブカメラとか)

 手探りで在宅勤務する。初めてオンラインミーティングなんかもしてみる。

 ステイホーム週間。自宅半径2km以内での生活を送ることになる。

 (仕事→散歩→仕事・・・繰り返し)

 この頃から家で快適に過ごすことを考え始め、色々捗りグッズを漁る。

 でも6月くらいには在宅じゃなくなる日も来るのだろう、と考えていた。

 日常が保たれないことから来る謎の気力減退で勉強をサボる日々が続く。

 

5月頃:

-世の中の状況(うろ覚え)

 緊急事態宣言が延長される(延長までも長かったような・・・)

 世の中の学校は休校が続く。

 ずっと品薄だったマスクがあまり出す。ハンドソープが一瞬品薄になっていた気がする。

 感染者が連休明けから減りだす。

 テレビ番組が再放送だらけになる。JIN面白かった(????

 月末間近で緊急事態宣言が解除される。

-自分の状況 

 ゴールデンウィーク中はずっと家にいた。

 オンラインイベントなんかもなんとなく参加し始める。

 オフラインより敷居が低いと感じる。(話してくれた人ありがとう感)

 緊急事態宣言延長に伴い、在宅勤務も続行。

 この月はずっと「この先在宅が続くのかそれとも6月から出社か」を考えていたと思う。

 快適を求めて少しずつ環境を構築していく。

 在宅で健全な生活を送ろうというモチベーションの低下か燃え尽きかのどちらかであまり外に出なくなる。

 この月は、日常が「変わる」ことへの適応期だったと思う。

 もう、大勢で違和感なく密集していた時代は終わり、当たり前のように同じ空間で

 色々な人と過ごしていた日々は、当面は帰ってこないのだと、ぼんやり認識し始めていた。

 

6月頃:

-世の中の状況(うろ覚え)

 学校が始まったぽい。

 東京アラートが発動されたり解除されたり

 海外は南米の感染者が増えてくる

 日本の感染者の数も段々増加(検査数よくわからないけど)

-自分の状況 

 在宅勤務は続行されることになる。

 在宅で健康な生活を送ろうというモチベーションが少し戻る。

 移動範囲がミニマムなのは変わらず。

 先がどうなるかわからない、ということ自体に適応が進んでいるような進んでいないような

 オフライン出社の感覚を忘れ始めていることに気づく。(在宅への適応が進んでいる)

 

6月末(今):

-世の中の状況(うろ覚え)

 今日世界の感染者が1000万人を超えた

 東京の感染者は検査数よくわからないけど増加してきた

-自分の状況 

  在宅勤務は日常になるのだろうなと感じている

 この先この在宅勤務とオフライン勤務をどうやって混合して生活していくんだろうな、と考えている

 普通に出かけていた頃に戻りたい気持ちも湧きつつそれはもう容易には戻らないものなんだなという認識が進んでいる

 

■雑然ついで

自分が何をしたいかの形を洗い出すのは、賛同しうる何かを得るより

賛同できない意見に触れることがいいんじゃないかという気がしてきた。

違和感こそ思っていることの顕在化で、その違和感を言葉にすることが

自分の方向を具体化することなんじゃないかと。

必ずこれをしなきゃいけない、はどこにも定められていないので

どんなことも、推進力に変えていけるなら良くて、そうでないなら不要

その2択かな・・・寝ますや